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ショク(食&職)を極める!

毎月1回、今を生きる食のプロフェッショナルにスポットをあてインタビュー。
女性フーズプロデューサーの視点から、様々な魅力を引き出します。


社会に影響力のある仕事をしたい だから今は着実に実績を積んでいくことが大切

【 2008/02/28 】 
柴田陽子
有限会社 柴田陽子事務所 代表取締役社長

<プロフィール>
柴田陽子
1971年神奈川県生まれ。アメリカBarat Collegeでマーケティングを学んだ後、1995年(株)WDI入社。役員秘書を3年務め、(株)シュウウエムラシステムに出向し業態開発や商品開発を行う。2000年には(株)WDIに戻り新規レストラン開発を手がける。2003年イート・スタンダード(株)の取締役に就任、飲食店のコンサルティング等を請け負う。2004年に(有)柴田陽子事務所設立。



― 初めてお会いしたのは、私が雑誌の仕事をしていた時でしたね?
柴田さん そう、WDI時代の「レインボーロール・スシ」オープンの時ですよね。
― 女性のプロデューサーは、珍しいですし、「レインボーロール・スシ」は、錚々たるメンバーがデザインや店作りに携わってらっしゃったので、華やかなオープニングだったことを覚えています。
柴田さん そうですよね。未だあまり経験がなかったので優秀な人に教えてもらいながら作るのが一番の方法だと考えたんです。キリンビールの島田さんをはじめ、稲本さん(株式会社ゼットン代表取締役)や小坂さん(乃村工藝社 デザインディレクター)をはじめとし、皆さん素晴らしい方ばかりでした。
― いろいろなレストランをプロデュースされていますが、経歴を拝見するとアメリカでマーケティングを勉強され、シュウウエムラで業態開発をされていたりと、決して食に特化していたわけではないのですね。レストランの業態開発の仕事は、やはりWDIでのお仕事がきっかけですか?
柴田さん 学生時代にアメリカに留学していた時の経験は大きかったと思います。アメリカでは、ベーグル屋さんやサンドイッチ屋さんなどでアルバイトをしたことがありました。そして、もともと家族でレストランに行くことが好きで、母と行ったレストランや、内緒で父に連れて行ってもらったレストランなど、ふと思い返すと思い出のシーンが家族との食べているシーンが多かったんです。それに気付き、『人の生活や人生にとって、食というのは大きな意味があるのだな』と思い、自分でお店をやりたいと思ったんです。そして店作りの勉強をして経験を積むには、株式会社WDIが良いと考えたのです。
― WDIでは社長秘書のお仕事でしたよね?
柴田さん そうです。ですから実はレストランの仕事には携われないことに気がつきました。27歳くらいの時、今から飲食を勉強するのは難しいだろうと思い、レストランは諦め、今から勉強をしなおして美容方面に転身しようと考えました。秘書をやっている最後の年に、その意志を社長に伝えたら「辞めることはない」と新たなチャンスをもらいました。それがシュウウエムラさんの事業計画やコンセプト作りの仕事です。そこで、1軒のネイルサロンの立上げに携わりました。コンセプトがあり、商品があり、人がいて、ハードがあり、日々のオペレーションサービスがあり、顧客満足あり・・・というのを、自ら店長になり経験しました。
― ゼロから店を作るという意味では、ネイルサロンも飲食店も共通している部分があるでしょうね?
柴田さん その頃は、未だ経験値がないので、わかっていませんでしたが、その後WDIで事業開発部ができ、社長に「戻ってレストランを作ってみなさい」とお誘いいただいたんです。その頃はレストラン作りに関しては全くの素人、仕事ができるか自信がありませんでした。でも、仕事自体を知らないのに、仕事をお断りする程偉くもないですし、折角いただいたチャンスですから一生懸命やってみよう!と思ったのが29歳の時ですね。その時にはじめて手掛けたのが「レインボーロールスシ」です。
― 様々なレストランの開発を手掛けてらっしゃいますが、レストランの開発は、いろいろな経験や引き出しがないとできない仕事だと思います。柴田さんの場合、今では飲食店だけに留まらず、ガソリンスタンドJOMOのブランディングから店舗開発、日本交通の教育など、どんどん仕事の幅が広がってますね。仕事の幅が広がるきっかけとなったのは、何だったのですか?
柴田さん 「食」の仕事は、専門性が高いほど、プロの仕事だと思います。ですから飲食の仕事に特化するのも一つの道だと思います。でも、人は、食べることだけをやって生きているわけではない。ライフスタイル全般において、仕事に携わり、スタイルを提案したり、顧客満足度を考えるのは共通しています。飲食業界だけに留まらずニーズがあれば挑戦してみようと考えたのです。ちょうどガソリンスタンドの「JOMO」さんやインテリアショップの方から仕事のチャンスをいただき、飲食業以外の分野で仕事をするきっかけとなりました。そうやって実績を一つずつ作っていき、仕事の幅が広がってきたのです。
― 色々な仕事に携わられていて、今回久しぶりのレストランの仕事と聞いています。
柴田さん レストランは最近では大宮などの企画など、常に1,2軒は手掛けています。「都会の大人の店」という意味では、久しぶりですね。
― 韓国からはじめて東京に出店するお店とか?
柴田さん 「ソソンジェ」という韓国家庭料理の店です。韓国でこのお店に出会ったときは、衝撃的でした。韓国家庭料理の店は沢山ありますが、「ソソンジェ」のママさんが作る料理は、今まで味わった韓国料理と全く異なるものでした。味付けも供し方もとても上品。日本の懐石に少し似ています。日本では、雑誌クレアが取材し、キャビンアテンダントの方やライターさんの間では話題だった様ですが、幸い日本の飲食企業からのアプローチがなかったようなので、早速話しをもちかけました。ママさんの温かい料理、素材の使い方は、私が感動した様に、東京のお客様にも衝撃であるに違いないと思ったのです。
― 日本で展開する場合、どうしても日本の食材を使わないといけないですよね。日本の野菜や食材でも同じように美味しさは伝わるものですか?
柴田さん 韓国と全く同じものでなくても、逆にママさんが今まで見たことのない日本の食材を知ったら喜ぶだろう、と思いましたね。ママさんの感性やポテンシャルがあったら、日本の野菜や調味料を見て色んなアイディアが生まれるはずです。それが東京の「ソソンジェ」の魅力になると信じています。韓国の「ソソンジェ」をどうにかコピーするという発想ではなく、その基になる「心」を伝えたい。実際にママさんが来日し一緒に食事をして、いろいろな食べ物や食材に出会ってすごく喜んでくれましたね。そうやって、ママさんにいろんな事を感じてもらえるようにするのも、私の役目なのだと思います。
― すごく好感を持てたのは、もともとママさんが家族の健康を考えてできた料理だということ。ご主人が研究されている森林保護運動の影響で、ママさんが摘草の文化を勉強し、それが食卓に並んだと聞きました。
柴田さん まさにそう。摘草料理というのは、そこから来ているのです。どんな草がどんな風に健康にいいのか?基本的なことですが、家族の健康を支えているのは、料理を作るお母さんですから。だからどこにも商売っ気がなく、本当に家族が幸せに楽しく生きていくために生まれる料理というところが、本当に好感を持てますよね。ママさんはすごくキレイでびっくりしますよ。
― では、摘草料理自体が韓国でも非常に珍しいんですね。
柴田さん そうですね。韓国の「ソソンジェ」にいるお客様は高い質を求めるお客様が多い。食にすごく興味がある方が多いな、という印象を受けます。
― 3月にオープン予定ですね。東京の「ソソンジェ」は、どういうお店にされたいと思っていますか?
柴田さん 常連さんが安心して友達に紹介できる、安定したサービスと、いつ来ても飽きない季節感あふれるお店にしたいです。サービスと、お店としての信頼感とか安定感がずば抜けて高いお店にしたいですね。
― お店としての信頼感を築き上げる、というのは、何がポイントだと思いますか?
柴田さん やはり、サービスですね。店の作り手とお客様の心が通じたときに、はじめて信頼関係が生まれます。信頼関係を作れるようになる、というのは大人の醍醐味であり、お客様の様々な要望や好みに応えられるサービスと料理が備わっているというのが、レストランとしての醍醐味だと思います。広いお店やアルバイト中心のお店ではなかなか現実的でない課題ですが、「ソソンジェ」は、こじんまりした麻布十番の大人の店です。その信頼感がダントツにあるお店にしたいですね。
― 今後の目標は何ですか?
柴田さん 「継続すること」。小学校の頃から、学校で席替えがあったり、クラス替えがあったりするように、仕事にしても「ちょっとな」と疑問に思うと、いろんな事が変化して状況が変ることがありました。でもこの会社はどんなことがあっても続けたい。柴田陽子事務所を設立してから、今年で5年目ですが、10年たったときに、今のメンバーに「してあげたい」ことを実現できているくらいの、実績が必要です。そのために仕事を選び、考えていきたいです。そんな堅実な考えは昔とは変わりましたよね。業務内容としては、より広く幅を持って、社会のためになる仕組み、運動とか、企業との仕事を希望しています。世の中にあった方が良いこと、というのに関わりたいな、と思います。私たちがこんな小さい会社なのに、JOMOさんのように何万人もの社員に影響があることに関われるというのはすごい事なので、そうした影響力のある仕事をしていきたいです。
―それだけ影響力が大きくなると発言権も備わってくる訳ですものね。
柴田さん そうですね。そういう大きな会社と関わっていくにはどうしたら良いか、というのを考えていかないといけませんね。
― どんどんチャンスが広がると良いですね。
柴田さん そうは問屋がおろさないと思いますが、引き続き頑張ります!(笑)


インタビュアー
村上由(むらかみ・ゆう)
Office K2M 代表
イタリアでのレストラン経営がきっかけで、飲食業界の仕事へシフト。帰国後、イタリア語通訳、飲食店経営企業のPR業務を経て、雑誌企画編集の仕事に。2004年独立。PRコンサルタント、フードライター、パーティーや企業のフードイベントの企画など形にとらわれず、あらゆる角度から「食」の新しいスタイルをプロデュース。
http://www.officek2m.com/
http://ameblo.jp/officek2m/



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