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『そば処 出羽香庵』(東京・霞ヶ関)
鏡弘道さん

【 2009/09/03 】 

東京のビジネスを牽引してきたオフィス街――霞ヶ関。
この場所で居を構える『そば処 出羽香庵』はサラリーマンが行きかう街で本物の山形蕎麦を提供してくれるお店として評判を呼ぶ名店。
ここで、日々黙々と伝統の蕎麦を打ち続けるオーナーの鏡弘道(67歳)さんも、かつては彼らと同じサラリーマンの1人だった。

『そば処 出羽香庵』(東京・霞ヶ関)


『そば処 出羽香庵』(東京・霞ヶ関)


『そば処 出羽香庵』(東京・霞ヶ関)


『そば処 出羽香庵』(東京・霞ヶ関)


『そば処 出羽香庵』(東京・霞ヶ関)



店舗データ
そば処 出羽香庵
住所:東京都千代田区霞ヶ関3-3-2
住所:新霞ヶ関ビル1F
TEL:電話:03-3504-8715
営業時間:
  月〜金 11:00〜14:30、17:00〜22:00
定休日:土日祝
HP:http://dewakouan.com/


■ 銀行員から一転、蕎麦の道へ

「まさか30年近く会社勤めをして、自分が蕎麦を打つようになるとは夢にも思わなかった」と目を細めて懐かしむ鏡さん。元々は銀行員としてサラリーマン人生を邁進し続けてきた、いわゆる「脱サラ組」である。

1965年に結婚した妻・克子さんの実家は山形で最も古い老舗蕎麦屋、「庄司屋」。
慶応年間から連綿と続く歴史があり、兄がその県一である蕎麦の伝統を引き継いだ。
当時奥さんは「銀行員のこの人と一緒になれば商売人のツラさを味わわなくていい(笑)」と思っていたというが、転機というものはいつも突然やってくるものである。

1995年12月1日、山形をPRする物産館が虎ノ門に出店する運びに。
その際、県からある委託が庄司屋に要請された。
「ぜひ山形蕎麦を県代表として庄司屋さんにアピールしてもらいたい。」
ところが急に東京に出店と言われてもどうにも人が足りない。そこで義兄から指名されたのが都内で勤務していた鏡さんだった。

■ 脱サラ、義理の兄の下で厳しい修行の日々

「あまりに急で驚きましたよ(笑)。でも、食物がない貧しい時代に生まれたので、何か手に職があれば食いっぱぐれないなとは昔から思っていたんです。」
確かにとまどいはあったものの、鏡さんはすぐに辞表を会社に提出。
蕎麦は食べるものでしかなかったのが、今度は打つほうに回ることに。
「人生ってわからないものですね(笑)」と笑う鏡さん。
決意を固めるまでそう時間はかからなかった。
しかし、この時点でなんと95年12月の開店まで残り3ヶ月のみというギリギリの状態。
急遽、山形本店で住み込みでの修業生活がはじまった。

毎日、義兄に厳しい指導を受ける毎日。必死で水回しから蕎麦打ちを覚えた。
実はこの義兄と鏡さんとは同い年。
元々は一緒に飲みに行ったりする遊び仲間だったという。
それがある日突然、「師匠と弟子」の関係になってしまい、互いに思いは複雑だったが、同じ蕎麦の道を歩む同士厳しく指導してくれと懇願した。

教えられたのはとにかく「伝統の味を守れ」ということ。
物産館に出すというのは、山形を背負って立つということであり、「重みが違うこと」を教えられた。こうして血の滲むような努力の甲斐もあり、初日は400人近くが来客。
同郷の人からは「これぞ山形の味」と太鼓判を押され、初めて口にする人々も皆「おいしい」と言ってくれたことでホッと胸を撫で下ろしたという。

■ ビジネス街・虎ノ門で独立

東京のビジネス街で本格的な蕎麦が食べられるとして評判を呼ぶようになった出羽香庵。
着実にリピーターも増え一日の来客数は200人ほどに定着。
順風満帆に進んでいたがここでもやはり転機は突然訪れた。

2008年、知事が代わるとともに県の意向で物産館は銀座に移転することに。
土日も営業できて、さらにオシャレな雰囲気として再出発するのが目的だった。

当然、物産館のイメージも一新。
「地産のイタリアンを中心としたモダンなスタイルで打ち出したい」と蕎麦屋の撤退が下されてしまったのだ。
かくして物産館は2008年の8月中旬に閉店。
鏡さんは家族と従業員を抱え路頭に迷った。
「さすがに頭が真っ白になりましたね。」
もはや自分一人の問題ではないと、必死で新橋や赤坂など様々な物件を探し歩く毎日。
「色んな方から、『また食べられるのを楽しみにしてるよ』とお声をかけていただきました。ならそれに答えたいと。」

だが、中々良い場所にはめぐり合えずそんな折、同郷出身の常連さんが紹介してくれたのが、旧物産館から程近い、虎ノ門・新霞ヶ関ビルのこの場所。

国民金融公庫や銀行などを頼り、やっとの思いで開業資金4500万ほどを集めた。
高級鮨店だったというこの物件にはまだ、使える厨房機器が多く、破格で買い取ることで安く抑えることができた。さらに物産館時代に知り合った山形の人々の 協力も大きかった。野菜などは全て小売よりも安く譲ってもらうことが出来、ようやく開店までにこぎつけた。この期間、わずか約1月半ほど。
まともに寝る暇もなかったという。

■ あらゆる山形の味覚を堪能できる蕎麦屋

約20坪の店内は8卓32席。客単価は約900円で、1番人気はシンプルな「板そば」(950円)。特にこだわりの蕎麦粉は、店名の由来にもなっている山形産の「でわかおり」を使用。
フッと鼻の奥をくすぐる蕎麦の芳香がたまらない。
また、蕎麦以外にも山形名物の「芋煮」や「玉こんにゃく」、様々な地酒など、あらゆる山形の味を楽しむことが出来る。

鏡さんの目標は山形の伝統をこの店を通して広めること。
「山形の伝統をうちが代表で背負っているという気持ちでやっています。」
そんな熱い思いを胸に、今日も鏡さんは蕎麦を打ち続ける。


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