フードカルチャーの次代をウォッチ!する先端ウェブマガジン

フードカルチャーの次代をウォッチ!する先端ウェブマガジン FLAVO

今週のこの人・この店・このグルメ! フードスマイルガールズの流行発信 郷土料理で世界一周
ショク(食&職)を極める! 仲間と歩む、独立の形 のせ弁 転職の作法





「日本料理 食幹」(東京・渋谷)
佐藤幹さん

【 2008/06/05 】 

50坪の大きな日本料理店を経営する昭和50年生まれの料理人がいる。自分が目指すもののスケールの大きさが、そのまま店舗の大きさになって現れている。

「日本料理 食幹」(東京・渋谷)

「日本料理 食幹」(東京・渋谷)

「日本料理 食幹」(東京・渋谷)

「日本料理 食幹」(東京・渋谷)

店舗情報
日本料理 食幹
住所:東京都品川区五反田3-5-5
電話:03-3797-1911
営業時間:ランチ 11:45〜14:00 (月〜金)
営業時間:ディナー 18:00〜23:00 (LO)
定休日:日・祝
席数:50席
HP:http://www.discovery-t.com/

■ どこの系列なんですか?

客に「この店は、どこの系列なんですか?」とよく聞かれるという。確かに聞きたくなる気持ちも分からないではない。なにしろ店が広いのだ。50坪の“大箱”である。しかし、「日本料理 食幹」は“どこかの系列店”ではない。昭和50年生まれの料理長、佐藤幹さんが独立し、2007年5月28日に開いた日本料理店である。
 驚くのは広さだけではない。というのも、この店には「規格外」のものが少なくないのだ。
たとえば、店内中央の厨房。囲むのは“コの字”ではなく、ほとんど“ロの字”のカウンター。そのスケールは、地上から地下1階に降り、店内に入って初めてその様子を見る多くの客を軽く圧倒するだろう。また、個室席も3つあり、席数は50だが、ホールスタッフはたったの2人。逆に料理人は5人。普通なら厨房2人にホール5人が相応だろう。しかしこの店では、料理人が客とカウンターを挟んで会話をしながら料理を作り、自ら料理を運ぶので、十分にオペレーションはまわるのだという。
 集客力にも驚かされた。平日のランチはなんと100人、夜も30〜50人が普通という。住所は渋谷ではあっても、渋谷駅から歩けば10分弱の六本木通り沿い。周囲には飲食店らしい店などあまり見当らないある意味“クロウト好み”な場所に、これだけの人を集めるのだから、繁盛ぶりは相当のものといっていいのではないか。
料理は日本料理。おまかせは6500円からで、料理のほんの一例を挙げると「揚げ畳いわし」(800円)「へしこチーズ」(600円)「生野菜の刺身」(1200円)「お造り盛り合わせ」(2500円)「サッポロエビス生」(700円)「赤ワイン ヴァンダンジュカベルネ」(800円)など。夜の客単価は約9000円である。
佐藤さんに話を伺ったのは、2008年の5月末。開店1周年を目前にした時だった。「軌道に乗るまでに3年かかる店もあるなかで、この1年で“走れる状態”にもってこれたのはよかったと思いますね」(佐藤さん)。
開店当初、50坪の広い店内に客が一組だけという日もあった。しかし、知人が客を呼び、また周辺で働く人にも認知されていったことで徐々に客数は増えた。さらに様々な雑誌で取り上げられたことも集客力向上に役立ったという。こうして開店以来、売り上げは文字通り、右肩上がりに上がってきた。

■ 自分のビジョンを投げかける

佐藤さんの生まれは栃木県。美容院を営む家庭に育った。料理の道を志すきっかけとなったはテレビ番組『料理の鉄人』だった。進路を考える高校生の頃にちょうど流行っていて、料理の魅力に惹かれて、服部栄養専門学校に進んだ。当時は「テリーヌ」や「ポワレ」と言われてもちんぷんかんぷんだったので、なかでも日本料理を選ぶことにした。1年後、なだ万に入社し、日本料理の料理人としての道を歩み始めた。
 20代では数点の日本料理店で働いた。30代では、企画にも携わった50坪の店で料理長に就いた。店は順調だったものの、開店から1年半ほど経った2006年冬、佐藤さんは店を辞め、独立した。「自由になりたかったのも独立した理由のひとつですが、自分で会社を作って、一度は自分のビジョンを社会に投げかけて、どんな返事が返ってくるか、試してみたかったんです」。
2007年の年初には会社を立ち上げるとともに、物件を探しはじめ、見つけたのは2月。50坪の物件だった。一日一組だけの小さな店で独立する方法も確かにあった。しかし、佐藤さんはそれには魅力を感じなかった。大きな器があれば、より多くのお客様を集めることができる。1日10人より、50人のお客様と出会えたほうが、レバレッジ(てこ)が効いて、より多くの人々との関係性を築くことができると考えた。また、飲食を「稼業」ではなく、「事業」にしたいと考えたからこそ、会社も作った。「仕事を始めた時から、何かいつも、もやもやとしていた。せっかく自分でやるんだったら、自分が目指すスケールでやろうと思って」、この店を作ったのだった。

■ 自信は「ソウル」

 佐藤さんの話ぶりからは、何か強い自信のようなものを感じる。料理人として仕事をしてきたのだから、やはり自分の腕に自信があるのだろうと思って聞いてみたが、すこしばかり違っていた。
「そこまで自分自身の腕に自信があったわけではない。ただ、これまでカウンター越しに座るお客様に対して僕がやってきたことへの反応からは、いけるんじゃないかとは思っていました」。けっしてスペシャルな料理というわけではないが、相手が欲しい料理を出せる自信があった。つまり、楽しませること、ニーズをつかむことには自信があった。それがあったからこそ、佐藤さんは独立したのだという。「それがなくて、ただ技術があってもしょうがない」と佐藤さんは言う。
「もちろん、知らないこともまだまだいっぱいある。料理の知識でも、技術でも。でも、足りない部分があったとしても、一番なきゃいけない部分はソウル(魂)の部分だと僕は思う。それには自信がある。技術は、なんとかなる。それは逆だという方もいるかも知れませんが、技術は、情熱や思い、信念を越えられないと僕は思いますよ」。

■ 経営者として

「いろんな人と携わって、それぞれのお客様がどうやったら感動するかを考えるのが好き。そうすることで自分の経営するこの店やこの会社が、この世界や社会で必要とされ、求められるようにしたい」と言う佐藤さんは、経営者の仕事は天職だと思う。畑を耕すのではなく、畑を開墾するのが自分の仕事だし、経営者としていろんなことに対してひとつひとつジャッジしていく仕事が自分にはあっていると感じている。
大きな店だけに、投資額も少なくない。不安なのかと思えばそうでもないという。「店の運営に関して、理想と現実がかけ離れてしまっていると、フラストレーションがたまることはありますが、不安はあまりないですね」。ただ、経営者として、初めて経験することが多く、純粋に困ることはあるという。そんなある時、経営者である店の客に相談したところ、翌週に本を買ってきてくれたそうだ。読むと、なるほどと思える部分があり、問題が解決した。こういうかたちでお客様が店を育てるってこともあるのだと佐藤さんは実感したそうだ。


BACK NUMBER
『そば処 出羽香庵』(東京・霞ヶ関) 鏡弘道さん 【 2009/09/03 】
『食愉旬感 HAYASHIYA 〜晴レ時々咲ク〜』(東京・阿佐ヶ谷) 林 和貴さん 【 2009/08/06 】
「下町ブラスリーANZIM」 丸山剛さん 【 2009/05/21 】
「鮨 なが井」永井大輔さん 【 2009/04/16 】
和酒バー「庫裏(くり)」 栗原広信さん 【 2009/03/26 】


転職、一歩、前へ。フードスマイルネットワークが提供する
フード業界専門・人材紹介サービス


「FLAVO」の取材をご希望の方はinfo@f-s-net.co.jpまでご連絡ください。
掲載費は無料です。ただし、コラムとの整合性等がございますので、お受けできない場合がございます。ご了承ください。