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「鮨ダイニング アナザーブレス」(東京・五反田)

【 2008/03/13 】 

地位も確立されていたサラリーマン時代、なんとなく見ていた物件に好奇心で問い合わせをしてしまった。それから、5ヵ月後にはお店をオープンしていたという、丹羽健三さん。53歳の独立だった。あれから5年、奥様との二人三脚で「鮨ダイニング アナザーブレス」は五反田の地にしっかり根を張っている。

「鮨ダイニング アナザーブレス」(東京・五反田)

「鮨ダイニング アナザーブレス」(東京・五反田)

「鮨ダイニング アナザーブレス」(東京・五反田)

「鮨ダイニング アナザーブレス」(東京・五反田)

店舗情報
鮨ダイニング アナザーブレス
住所:東京都品川区五反田1-32-4
電話:03-3490-7733
営業時間:ランチ11:30〜14:30(L.O)
営業時間:ディナー17:00〜23:00(L.O)
定休日:日曜日
席数:38席
HP:http://type.since.jp/another_breath/

■ 好奇心の塊

寿司屋の2階で住み込みバイトをしながら、髪結い(時代劇俳優等のヘア担当)の道へ進もうと、18歳で群馬から上京した。「本当はね、何でもよかったんです。東京にさえ出られれば」と丹羽さん。しかしながら、『寿司屋のほうがもてるぞ』という一言で、あっさり美容専門学校をあきらめ、寿司の世界へすすむこととなった。2年間、東京で修行を積みながらも、すでに目線は世界へ飛んでいた。何とかして、海外で働きたいと外務省へ20歳で掛け合うもあえなく玉砕。しかし、そんなことではめげない丹羽さんは周囲に「海外で働きたい」といい続けたという。その甲斐あって、21歳でNYの寿司店で働くことが叶った。1970年、NYは空前の寿司ブームだったという。
「驚きましたよ、東京でがんばるより給料がとってもよかった(笑)英語もまったく話せなかったけれど、毎日が刺激的で楽しくて仕方がなかったですね。」
そんな、寿司ブームも手伝ってか、ヘッドハンティングを受け、23歳で板長になる異例のスピード出世を経験。「でもね、実際に板長を任されたときは、不安でしたよ。目の前に座るのは、なにも外国人ばかりではなく、寿司を知り尽くしている日本の商社の方だったりしましたし。今思えば、負けないように肩肘張っていましたね(笑)」その後、NYからロスへ移り、計6年のアメリカ生活から26歳で帰国した。「鮨ダイニング アナザーブレス」を立ち上げる前に、丹羽さんは27歳で一度独立を行っている。場所は大井町、知人の居抜き物件だった。しかし、高校の先輩である社長から乞われ、36歳でサラリーマンの道を選択。雇われる身となったものの、アイデアを存分に実現したという自負がある。「1985年という時代に目をつけたのがマグロの「中おち」部分。いらない部分とされた、骨の周りの身に目の周りの油を混ぜ合わせた「中おち」は絶品。それをどんぶリで提供すると、たちまち行列のできる店になったんだ。」
社長とともに仕掛けた、店舗は8坪16席(場所は新宿)からのスタートだった。
その後、会社はどんどん成長、丹羽さんも17年という歳月を過ごした企業の中で、ポジションも得、50代へ突入した。

■ 独立の難関『融資』

2002年のある日、ランチ後に目に留まった、一つの物件から丹羽さんの人生は大きく変わっていく。今の店舗は地下1階だが、最初に見ていたのはビルの1階部分、スケルトンでこれからの可能性を感じる物件だと思ったそうだ。「家賃とかきいてみようかな?」という本当に興味のみで不動産会社に電話をしてしまった。
「そうしたら、不動産会社の方が2名ですぐにきてくれ、地下1階と1階の物件説明を詳細に語り始めてしまって。あせりましたよね、『いや、家賃がどれくらいかを聞きたかっただけで、別に独立の予定ないですから』といったと思いますよ」
しかし、今思えば丹羽さんの好奇心が目を覚ましていたに違いない。
“もしやるとしたら”という「仮定」のもとで色々な考えを出し始めたところ、知らない間に「仮定」 が取り払われ始めていく。
「気がついた時には、色々なことを決定しなければならないところまで来ていましてね、でも実際にはお金がないわけですよ(笑)それから銀行を回りましたね〜。そこで現実を知りましたよ。お金を借りるには、お金を持っていることが必要なんだって。1500万を借りるのに、1500万の通帳を見せてくださいって。うん?お金がないから頼っているのですが?って感じね。家を担保にとか思い立って、権利書とかもっていってみたけどさっぱりだったね。」
結果的に、どうにか融資を受けるにいたったが、「個人での独立希望なら、貯蓄第一!それがないと、スタートさえきれないからね」と言い切る。

■ メニューは豊富なバリエーション

無事にオープンにこぎつけたものの、最初の1年はかなり苦戦を強いられた。しかし、そこからが丹羽さんの本領発揮だった。ものすごい種類のメニューを生み出していったのだ。
「もうね、寿司=敷居が高い、をなくしたくてね。うちのお店は寿司が食べられない人でも楽しめるようなメニューにしたんです。」
メニューを見てみると、「手作りなかおちしゅうまい」「鶏のから揚げ」「チーズオムレツ」など通常の寿司屋には顔を見せないラインナップ。
「仲間とどこでご飯をしようってなったときに、『あそこなら何でもあるよ』って言われたい。『生ものダメなの』って言う人も誘ってきてほしい、それだけですよ(笑)」
これこそ、海外経験のある丹羽さんの柔軟性がモノを言っていると実感。
伝統を守る寿司屋も必要だ、しかし個性の光る寿司屋も求められていることはオープンから5年、着実にファンを獲得しているこの店が証明してくれている。


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